困難を乗り越えて、ともに成長してきた友人との話。積み上げてきた友人関係こそ、生涯最大の財産だと思う今日このごろ。

花束ブログ
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こんにちは。めいです。

今回は私の個人的な話を書きます。

中学生からの親友との友人関係についてです。

ちょっと長めになるかもしれまんが、お付き合いいただければ幸いです。

親友との出会いは過酷な友人関係がきっかけ

私は家族の仕事の都合で幼いころは転校を繰り返していました。小学校も色々な都道府県の学校に複数通いました。

中学は当時住んでいた地域の受験校に入りました。首都圏ほど過酷な競争はありませんでしたが、振り返ってみると同級生120人のうち東大に複数人行ったり、それ以上に難しいとも言われる国立大の医学部に進学して医者になった人はかなりの数いたようで、頭脳明晰な子は多かったと思います。

そんな優秀な人たちが集まっている学校でも、やはり中学生は多感な時期で、人間関係も一部複雑なところはありました。

中学生女子といえば、友人同士の集まりの「グループ」で動くことが多い年ごろ。帰属意識とかも強かったり。

親友(仮にQちゃんとします)はあるグループに属していましたが、そのグループのボス的な女子が同じグループにいる女子を1人ずつ仲間外れにするという卑劣なことを繰り返していました。

Qちゃんは最後のほうまでそのグループに残っていましたが、1年生の冬頃とうとうグループ外しの標的になりました。本人のいないところで、ボスが陰口を言って、Qちゃんは孤立しました。

私は当時ほかの子と仲良くしていましたが、Qちゃんと同じ部活だったこともあり、人気者だった彼女が突如いじめの標的になり、孤立していたのが気になりました。見過ごして良いのだろうか、このままだとQちゃんが潰れてしまうのではないかと気がかりでした。

そんなある日、通学のバスでQちゃんと居合わせました。そこでQちゃんと話すと、仲間外れにされていると。辛そうでした。泣いていたかもしれません。話を聞いて、私は「これからはQちゃんと一緒にいる」ことを決めました。

すれ違っても本当の信頼関係はゆるがないと知った

Qちゃんと一緒にいると決めてから、それまで以上に意気投合し、Qちゃんがムードメーカー的存在で楽しい人だったこともあって友人関係を順調にはぐくんでいきました。

冗談を言い合ったり、女子同士で手をつないで歩いていたら、廊下を通った先生から怪訝な顔をされたこともw

でも、お互いまだ10代前半で未熟な面もあり、些細なことをきっかけにすれ違いました。

喧嘩状態になり、口を利かない日が数日ありました。Qちゃんが私に対する愚痴を言っているのも目撃しました。そのときは暗い気持ちになってしまいました。でも、時間が経つにつれてQちゃんの様子もどこか寂しそうに見えました。

私は耐えかねて当時の担任の先生に泣きながら相談しました。Qちゃんと喧嘩になった、仲直りしたいと。

先生は情に厚い人で、色々励ましてくれたと思います。その後、Qちゃんと話しあう機会を持って、すれ違いの状態を解消し、それまで通り仲良く過ごすことができました。

クラス替えもあったけれど、3年間Qちゃんとは同じクラスで過ごせて、ずっと仲良しでした。

幼い頃に、一度衝突してもコミュニケーションによって自力で関係を修復する経験ができたのは、大人になってからも財産になっています。

親友の結婚式、「出席できない」・・・

時が流れて、お互い20代後半に。

それぞれ人生経験を積んでも友情は変わらず、頻繁に会ったり些細なことでも相談できる間柄です。

そんな中、親友には結婚を考える相手ができました。そして、ついに結婚することに。

結婚式の日程を教えてくれましたが、その日は私がずっと前から予定していた、今後の人生を左右する可能性もある予定がすでに入っていました。

Qちゃんは結婚式の友人代表スピーチを私にと依頼してくれました。

しかし、私は行けない・・・。申し訳ないながらもそのことを伝えるとQちゃんは目に見えて落胆していました。

コロナで延期、奇跡的に出席可能に

時は2021年春・・コロナ禍の真っただ中。

Qちゃんの結婚式は延期となりました。

そして、延期された日程を伝えられて、こんどこそ日程が合えば「是非出席してほしい」と。

前回、欠席すると言ったのもあり申し訳ない気持ちもありましたが、今度は二つ返事でOKと返しました。

しばらくして、友人代表のスピーチを改めて私にやってほしいとの依頼が。

もちろんOKしました。ここでもやはり、一度気まずくなったとしても元に戻ることができる信頼関係が生きていたなと改めて思います。

親友も、あの出会いを覚えていた。

結婚式は新郎新婦からゲストへの感謝の気持ちが伝わる暖かく、印象に残る素晴らしい式でした。

親友はゲスト1人1人に手紙を用意していました。

私への手紙、開けると中学時代の仲良くなったきっかけが書かれていました。

中学時代から今までの関係への感謝と同時に、私が彼女に話しかけた日、「あの日が人生の転換点だった」とも書いていました。やはり彼女もあの日のこと、決して良いきっかけではなかったけれども、深く傷ついた思い出と一緒にふたりの友人関係が始まった日として覚えていてくれていました。

親友の涙。積み重ねた友人関係が生む幸福は何ものにも代えがたいと知った

スピーチでは、3枚の便せんに率直な思いをつづりました。

中学時代から社会人の今まで約15年間の2人の思い出のできごと。

ちょっと笑える中学時代の話。部活や普段の学校生活の話。高校に入って、地理的に離れてなかなか会えなかった話。大学時代、学校は違ったけれどよく遊んだ話。社会人になってからヨーロッパに旅行した話。新郎について相談された話。

今思えば、新郎と親友との人間関係より私と親友との人間関係のほうが濃いのではw(それはないかw)親友の門出を祝うメッセージをありったけ伝えられたと思います。

挨拶の言葉を読んでいる最中、親友の目には涙が浮かんでいるのが見えました。

今もたまに、結婚式で彼女が流した涙を思いだします。

私は彼女に何かを与えられたのかなと。この15年で、バスの中で出会ったときの絶望の涙目を、思い出を振り返る優しい涙にできたみたい。

反対に、彼女が私にいままで与えてくれたものも絶大です。転勤族で、幼馴染と呼べる存在がいなかった私の生涯の友人になってくれた。2人の関係では他に代えがたいたくさんの学びがあった。

Qちゃんには新しい家族ができ、私にも生活を共にする異性のパートナーがいます。

大切な人が新たにできた。それでもQちゃんと築いた人間関係は変わらない。

親友との今までの思い出や人間関係の積み重ねは、根雪のように揺るがない財産になると信じています。

しんみりとした話になってしまいましたが、忘れたくない思いなので文字に書き起こしました。

読んでくださった方、ありがとうございます。同じような経験をされた方も、いらっしゃるかもしれませんね。

それでは今回はこの辺で。

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